なぜ「かきあと」を作ったのか
このサービスを作るきっかけは、結婚式の披露宴で、たまたま同席した大学の教授や講師の方々と話をしていたときのことでした。
学生が生成AIを使ってレポートを書くようになり、指導の現場でかなり困っていると聞きました。
レポートは書けているのに、質問すると答えられない
先生方が問題にしていたのは、学習のプロセスが消えてしまったことでした。
これまでは、「自分で調べる」「考えをまとめる」「文章にする」という過程を通して理解が深まっていました。しかし今は、そのプロセスを丸ごとAIに任せることができます。
その結果、現場ではこんなことが起きています。
提出されたレポートを見ると、内容を完璧に理解しているように見える。ところが、あとで口頭試問をすると全く答えられない。
「レポートは完璧だったのに、質問してみたら全然理解していなかった」——こうしたケースが急増しているそうです。
これは単なる不正検出の問題ではありません。仮にAIの利用を完璧に見破れたとしても、それだけで学生の理解が深まるわけではないからです。
「書く過程」そのものを課題にする
そこで考えました。AIを使うこと自体を完全に禁止するのは、もはや現実的ではありません。だとしたら、AIが存在する前提で、どうすれば学生が自分の頭で考える経験を積ませることができるのでしょうか。
たどり着いたのが、「文章を書いた過程」を残し、それも含めて評価するというアプローチです。
仮にAIが作った文章であったとしても、学生が自分の手で一文字ずつ打ち込んでいく。コピペで終わらせず、自分の手と目を通して文章をなぞるプロセスを課題の中に組み込むことで、AIの出した回答を人間が理解・消化する時間を作れるのではないかと考えました。
自分が辿った思考を、あとから振り返る
「かきあと」のもうひとつの強みは、自分がどう書いてきたかをあとから辿れることです。
多くのレポートは、提出した瞬間に思考が切れてしまいがちです。
しかし、「かきあと」に残った自分の執筆プロセスや試行錯誤を振り返ることができれば、「自分はこの時、どういう根拠でこれを書いたのか」を記憶に定着させられます。口頭試問の直前にも、自分の思考プロセスをもう一度スムーズに復習できます。
「書く時間」だけでなく、「書いたあとに振り返る時間」まで含めてひとつの学習体験にする。それがこのサービスの狙いです。
「単なるタイピング作業では?」という疑問について
もちろん、「中身を理解せず、ただひたすら画面を見てタイピングするだけなら、単なる作業ではないか」という疑問もあると思います。
たしかに、意識を完全に飛ばして打つだけならそうかもしれません。
しかし、コピー&ペーストで一瞬で終わらせることと比べれば、自分の手で文章を入力する過程で、否応なくその文章を精読し、頭の中で処理する時間は確実に生まれます。
優れた構成や論理的な文章を自分の手でなぞる体験は、いわば 「整った文章の型を自分の中にインストールする」 ような効果があると思っています。
文章の「基準値」を引き上げる
質の高い文章を自分の手で再現する経験を重ねると、自分が文章を書いたり話したりするときの「基準値」が自然と上がっていきます。
- どのような論理展開だと伝わりやすいか
- 説得力のある文章はどのように構成されているか
そうした感覚が自分の中にストックされていきます。この積み重ねが、生きていための基礎力につながります。
レポートの先にある「自分の言葉で語る力」へ
この力は、大学のレポートを乗り切るためだけのものではありません。
社会に出てからも、自分の考えを論理的に組み立てたり、複雑な状況で互いの主張を整理して対話したりする場面では、「文章の構造を正しく理解し、構築する力」が直接的に生かされます。
「かきあと」は、単にAI利用を制限するツールではなく、学生がこれからの時代に必要な思考力を養うための提案として作りました。
ぜひ使ってみて、ご意見をお聞かせください
現在、「かきあと」は無料でご利用いただけます。ぜひ実際に触ってみてください。
知識や経験の差に関わらず、現場の先生方や学生にとってより良いツールへと改善していきたいと考えています。ぜひ、
- この部分は使いづらい
- ここは学びにつながると感じた
- こういう機能があると助かる
といった率直なご意見を、お問い合わせフォームからお寄せいただけると嬉しいです。
サービスの詳細はトップページを、先生のご利用登録はこちらから受け付けています。教育の現場をより良くしていくために、ぜひご活用ください。